裁量の有無は仕事のストレスを左右する

仕事におけるストレスは、その個人に与えられた裁量の有無によって大きく変化すると考えられます。裁量のある管理職はストレスが少なく、裁量のない新入社員は多くなると考えられるのです。今回は、裁量の有無と仕事のストレスについて考えてみたいと思います。

 

 

 

仕事における裁量

初めに、仕事における裁量について整理しておきます。裁量がある状態というのは、ある物事の決定などをその個人の考え方などによって行える状態であるということ、いわば物事をその個人によってコントロールできることであると捉えることができます。

裁量と仕事(とその難易度)との関係について、ブロガーのイケダハヤトさんは以下のような図でまとめられています。

 

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[キャリア] 裁量の大きい/小さい仕事、難易度の高い/低い仕事 : まだ東京で消耗してるの?

 

挨拶や掃除のように、自分の考え方次第で行ったり行わなかったりできるものは裁量がある仕事となります。また、難易度は高くとも、個人に任され、また前例のない仕事である新規事業立ち上げは、裁量の大きい仕事であると言えます。

それに対して、書類作成や議事録作成のようにあらかじめフォーマットが決まっており、それに従って行うような仕事などは裁量のない・小さい仕事であると言えるでしょう。またこの図には掲載されていませんが、上司の指示によって、ただやれと言われるような仕事も裁量のない仕事だと言えます。

 

個人が尊重されていた大学院時代

私は大学院生として、2年間、研究や勉強をしてきました。その2年間は、肉体的には大変でしたが、個人に与えられる裁量が大きかったため、ストレスも少なく、とても充実していたと、今更ながら思います。

大学院の事情というのは、各々によって大きく異なるかもしれませんが、私のいた大学院ではある意味で放任主義でした。教授が学生を細かくマネジメントすることはありません。勉強会などのようなものもありませんでしたし、毎週の進捗状況の発表などもありませんでした。研究の実施などは個人の裁量に任されていたのです。そのため、個人の頑張りによって、良くも悪くもなるような環境でした。

そのような環境でしたので、私は研究の開始時期などについて、自分でスケジュールを決めました。もちろん、教授に相談して、細かい調整もしましたが、ある程度は自分の責任としてスケジュールを決定することができました。

また、普段の生活にしても、多くのことを自分で決めていました。私は朝が比較的得意ですので、朝の6時~11時を自分の中でのコアタイムと定め、その時間はしっかりと研究や個人的な作業を行うようにしていました。その後の時間は先生のお手伝い(雑用も含む)などをしたり、学部生の指導、また授業への出席などをしました。

朝は早く、夜もそれなりの時間になるため、身体的にはハードでしたが、多くのことを自分で決めていたため、ほぼノーストレスの状態でした。非常に快適に研究できていました。また、知識を蓄えることもできましたし、大きく成長できたと思っています。

 

組織の最下層である新入社員 

しかし、大学院を卒業し、社会人となった今ではこのような状況はありえません。私は、組織の中では一番の下っ端で、個人の裁量などまったくありません。上司や先輩からやれと言われることをやるだけです。その仕事が、何のために必要なのかも分からない時もあります。本当に言われたことをやるだけ。

こういった状況は、非常にストレスがたまります。今働いている会社は、残業がまったく無く、労働時間はきわめて少ない。また行っている作業も単純なものばかりです。なのですが、ストレスフルな状態です。

私は、なぜこんなにもストレスが溜まるのだろうと、その分析を試みた結果、その理由の1つが裁量のなさに起因するものだと気づきました。裁量の大きかった大学院時代は、多くの作業をしても、それは自分で決めてやっていることなので、まったく辛くありません。しかし、裁量のまったくない現在の状態では、単純作業でもストレスが溜まります。裁量の有無が仕事のストレスを左右するのだと痛感しました。

 

 

 まとめ

今回は裁量の有無とストレスとの関係について書いてみました。裁量の大きい仕事をしている方は、そうでない方がどれほどストレスを感じているかを考えるきっかけとしていただければと思います。